介護:気がついたらシニア
子供に自分の父親はこんな人だよとブログを通じて伝えたい。 何時か必ずやってくる日の為に・・

プロフィール

Author:ニュータイガー8
子供の頃は野球少年であり、将来の夢はプロになる事でした。高1の時自信のあった遠投でアピールするが肩を傷め夢を断念。 23歳で起業する51歳でリタイヤし寝たきりの両親の24時間介護を7年間する。



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美しさを主張する花たち(2)

5/19日のタイトル:シニアの時間/薔薇を写すで薔薇を写しに行った時、他の花たちから
「決して薔薇さんに負けないから私たちも写してと」主張してきた花さん達を5/21日の
ブログに載せましたが、それ以外の花さん達からも主張があり、ここに載せる事に・・・・
Fの39-bb_edited-2

私はまだマクロレンズを持っていません、この写真は望遠ズームレンズで写しています
Fの48の4

どうしても背景をもっとぼかしたいのですが、望遠ズームレンズではこれで限界みたいです
花は本当に良いですね!!昔からの友人達は私が「花は心を癒してくれるよナ」と話すと、どう
返事をしたらいいのか困っています、
Fの40他の花

Fの7の3

デジカメは何枚写してもいいのです、フイルムカメラだと、そうはいきません、それでも私の様な
アナログ人間はわかっていても遠慮がちに写してしまいます
FFの2

近いうちにマクロレンズを購入する予定です、当然女房には内緒ですよ!残り少ない
ヘソクリです、有意義に使わねばと思います、いずれは作品と呼べる様な写真が撮れれば・・


ターミナルケアーと私(2)

厚生労働大臣の桝添氏は日曜の朝のニュース(政治)番組で後期高齢者
医療制度は若者世代の医療費負担増しからの不満を抑える為にも
必要と何度も繰り返し話した


その時、私は思った、はたして若者の多くが不満をもつだろうか?と日本の
若者達はそこまで薄情ではないと思う


私は施設で働く多くの若者と話す機会があったが、殆んどは年配者に
対する福祉の気持ちが動機となって介護福祉への仕事を選んでいた


厚生労働省の社会保障審議会の文章では・・75歳以上は、いずれ死を
迎える、それに見合った程度の医療で充分とされている?と・・


後期高齢者医療制度とは75歳になると他の世代とは別の医療保険に加入
保険料の支払いは年金が月15,000円以上の場合は年金から強制天引き
又、保険料滞納者は保険証を取り上げられる

保険料の金額も国民保険の2倍以上になる、しかもターミナルケアー
(終末期)の患者に在宅死を選択させて退院させた病院には診療報酬を
上乗せするそうです


医療費給付費を削減する為に病院からターミナルケアー(終末期)を
迎えた老人を追い出そうとしていると思われてもしかたがないでしょう

ターミナルを迎えた老人にこんな寂しい思いをさせていいのか、政治屋先生

あくまで私の意見ですが、こんなくだらない制度は廃止すべきで、今すぐに
やらなければならない事は天下り問題、年金問題、無駄な道路作りや工事
必要のない国会議員の削減、官僚たちの汚職、裏金問題、箱もの行政など等

微力な私たちは老人や弱者に優しい日本である事を願うしかありません


ターミナルケアーと私(1)

私は二人のターミナルケアーを見てきました、 それは私の両親です
母は自宅で、父は特養から病院に、 父は亡くなる1週間ほど前、私に「自分の
部屋(自宅)を見てみたい,どうしてる?」と弱い小さな声で話してきました


殆んど話す事が出来なくなっている父が最後の力で私に伝えてきたのです
私の想像ですが、寝たきりの相方(妻)に最後に会いたかったのでしょう
私は先生(医者)に相談をしたのですが望みは叶いませんでした。

母の時はなくなる1ヶ月ほど前に「今、お婆ちゃんが来てな、もう充分生きた
だろう一緒に逝こうと言われたよ、もう逝くは、いいだろう」と


二人とも言葉を失くしているのに、この時に限って父は弱い小さな声で母の場合は
私に言って聞かせる様にゆっくりですが確かな声でした

父も母も間違いなく終焉の日が分かっていたのではと私には思えます
私がターミナルケアー(終末期)を迎えた時,私はなにを思うだろうか?

人間は生き続ける事は出来ない、必ずやって来る終焉の日の為に何故か今その
準備をしなければと思うのです、  いや現実はすでに準備は始めているのです

私は終焉の日は自分の家で過ごしたい、生活の場であった自分の家、私の
人生そのものであり、生きてきた証しである、家族の誰にも否定させない


人生60年間生きてきて充分すぎる程働き、人の何倍も苦しみ、楽しむ事もできた
もう本当に充分です、 ただ私の人生は年中無休の新幹線の様でした

だからこそ残りの人生はゆっくりと鈍行の様に過ごしたいひとつひとつの事柄を
味わい噛みしめながら大切に/今迄の自分と違う穏やかな価値観にも接してみたい

両親を7年間介護した事に御褒美がもしもらえるならピンピンコロリで終る事


美しさを主張する花たち

前回の記事で薔薇の写真を掲載しました、当日は薔薇だけを撮りにフラワーセンターに
行ったのですが、 他の花たちが「私たちも写してよ」と私に話しかけて来た
私は「じゃー自信のある花さんは私の前に出てきてくれよ」と・・・・
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「決して薔薇に負けませんよね」 今の私は花を撮影するだけでも心が癒されます
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ただ写真の構図がありきたりです、もっともっと花たちの表情が写せたらいいのですが
今はただ花の美しさを素朴に捉えるだけです、
Fの22-ff

いつの日か必ずやって来る最後の日、 その後に息子が私のブログを見て「親父どんどん
上手くなって行くよ・・・」と思ってくれれば嬉しいのですが
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ここ大船フラワーセンターに行った人達が必ず立ち止まって見る花です、ヒスイカズラです
宝石の翡翠色から、その名がついたかは私には分かりませんが
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私は毎日の様にアルバムを見ます、特に花の写真を見るのが一番回数が多いと思う!
私の現役時代は花には全くと言っていいほど興味がありませんでした
又両親の介護をしていた頃なども同じく興味が有りませんでした、
現実がそれどころではありませんでした、ところが今では花の素晴らしさを強く感じます
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私はまだ花の名前を覚えるまでには至っていませんが
これからはただ写すだけでなく花についても少しずつですが色々と覚えていきたいと・・
ただ,今は花の美しさを素朴に感じている部分を大切にしたいと思います


シニアの時間、薔薇を写す

5月18日は日曜日、今日は朝から迷っています、何故なら20日の火曜日に薔薇の撮影に
フラワーセンターの薔薇園に行く予定だったのですが、どうも火曜日は予報では雨との事
月曜日はフラワーセンターは休園、しかも今がピークとの事です、日曜日の午前中はいつも
ニュース番組(政治)のはしごです、それは25年以上の習慣なのです、
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母の介護をしていた時リアルタイムでは見れないので、たえず録画していました
しかし今の私は安倍総理の退陣からは、どうも録画をしてまで見る気にはなりません
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結局、ニュース(政治)番組をひとつだけみてフラワーセンターに出かける事にしました
ついた時間が11時近くになり太陽が眩しいぐらいです、あ〜開園時間に合わせてくれば
もつと良い条件で撮影できたはずです、とくに白い薔薇はちょっと残念でした
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薔薇だけを撮影するつもりだったのですが、他の花たちも、「私たちも写して」と自己主張
している様に思えたので80枚以上も写しました
Fの29_edited-ff1

某ブログで薔薇が撮影者に対して「こっちから撮ってください、こちら側が一番美しいの」と
言ってくるとの話、素敵なはなしです・・・薔薇だけでなく他の花たちも私に話しかけて
来た気がします
次の記事は他の花たちの美しさも書きます


美しい言葉はいらない

テレビで政治家Aは「私は政治家になる前には週に1度は実家の母の
介護をやって来ました在宅での介護の大変さは充分わかっています」
と言い、それに伴う介護の改革案を披露した

その放送を見ていて私は思わずテレビに向かい「頼むぞ、頑張れ」と
話かけました(ひょっとしたら叫んでいたかも・・)

その言葉から4年ほどがたちますが在宅介護に関しての改善は一向に
はかどらず、改革どこらか反対に悪くなっている様に思える現状です

結局くちでは、なんとでも言えるが限界までやった事のない政治屋には
介護からの孤独感、肉体的、精神的にも追い詰められ行く過程を理解
出来ないのでしょう。


最近の国の方針を見ていると老人は在宅で介護をしろと聞こえてきます
片手間で出来る状況ならいざ知らず、私の様に仕事をリタイアして自分の
24時間の大半を介護に費やさなければならない在宅介護だってあります

最近もテレビに出演して、同じ様な発言をしていた
週1度の介護で介護の辛さを分かったつもりで話さないでほしい

テレビに出てはいつも美しい言葉を吐くが、もう美しい言葉はいらない
政治家は価値ある業績がすべてです


行政や国は何故、介護者の精神的よりどころの救済を考えないのでしょう
これからも間違いなく増え続ける在宅介護、精神的にも肉体的にも大変な
老老介護、そして悲しい報道が・・・・


あ〜大変だ、どうしょう

私がおふくろの朝食の準備をしていた時です、母親の部屋から物音が!?
急いで部屋に行くと母親が介護ベットから落ちていたのです

状況を書きますと、上半身と右足がベットの下で左足がベットの柵に
ひかかって宙ぶらりんの状態です、 「あ〜大変だ、どうしょう」
私は慌てて、母親の体を支えました、ところがもの凄く重く感じました、
私の腰が爆発しそうです

丁度この頃は自宅で母親の介護を始めて5年めぐらいの頃です、私の腰は
だいぶ疲れてきています、普段介護をする時間帯は腰痛ベルトをして
いなければ私の腰は持ちません


なんとか力をだして母親をベットの上に戻さなくてはと・・ところが
私の左手はおふくろの首から頭のあたりを支えている為、ほぼ右手だけの
力が頼りです、 

私は介護を始める前までは50歳でベンチプレスMAX106Kを挙げていたの
ですが、この時の状態ではなんの役にもたちません

大声で2階にいる女房を呼びました結局は役にたたず救急車を呼ぶ事に
救急隊員が来るまで私は「おふくろ頑張れ」と励ましながらおふくろの
体を支えていました、今思えば励ましてもらいたいのは私のほうです


場合によっては左足が骨折の可能性があるとの事で病院に行きました・・

病院での話しでは長く寝たきりの状態が続くと、ある日自分は歩けるのだと
錯覚をおこしてベットから降りようとするそうです。骨折は大丈夫でした


7年間の介護生活のなかで母親は2度ベットから落ちました・・・
介護は間違いなく肉体労働が伴っています
私が母の介護をしたのは50代です、 それでも体は本当にキツイのです

老老介護の家庭はもっとキツイのでしょう・・・・・心が痛みます


シニアの時間/5月8日鎌倉に

今回の目的は鶴岡八幡のぼたん園です、行ったのはいいが5/7の天気でぼたんが
終わってしまったそうです、残念です、下の写真で分かる様に本来なら傘の下に満杯の
ぼたんが咲いていたのです
508鎌倉3-1

初心者用の一眼レフの雑誌を読んだら望遠ズームレンズより広角ズームレンズのほうが
手振れが少ないと解説されていました
、広角レンズでの撮影は一度もしていない為か
写真が撮りたくなりました、気がついたら横須賀線に・・・
508かまくら7.の1jpg

ブログの写真の4枚はすべてぼたん園で撮影ですが、ぼたんに変わるものはないかと
宝戒寺〜来迎寺〜荏柄天神社〜鎌倉宮と歩きました、家に帰って万歩計を見れば
17,350歩、歩いていました
508鎌倉4の1

カメラを購入して良いことのひとつに歩くことです、1万歩は知らないうちに突破してしまいます
508鎌倉2の1

ぼたんを撮りに行ってぼたんがないのでは、あまりにも残念でしかたがありません
ぼたん園の片隅に頑張って咲いている、ぼたんを広角ズームでカチャと写す

膝の悪い私は鎌倉宮で身代りさまの膝を撫でてきました、良くなってほしいと願いを込めて
近い時期に整形外科に行ったほうが良いのかな?と思う、今日この頃です


取引先のA部長

私が会社経営をしていた頃、取引先の営業部にA部長がいました
年齢は私と同じ団塊世代です、同じ世代と言う事から互いに月1回づつ
接待を自然とする様になりました

A部長は営業部のわりには暗い雰囲気の人で冗談は話しませんでした
見た目もおとなしく、笑顔もありません、しかも話しべたです、

そんな彼と私は月に2度の酒席を持ったのです、ところが半年がたった
頃からは、彼の持つ誠実さからか週に1回は一緒に飲むようになりました

ある日、私は彼に失礼とは思いながらも彼の持つ暗い表情について
聞いてしまったのです、すぐに私は聞いた事に後悔しました


しかし彼は悪びれず私にその理由を話してくれました、彼の眼は少し涙眼
になっていました、12年ぐらい前の事ですが今でも彼の表情が脳裡から
消えません

彼は男3人兄弟の末っ子です、彼が34歳の時に母親が倒れたのです
それ以来、寝たきり状態になったのです、二人の兄達は末っ子の彼に
おかさんを押し付けたのです、


その頃の彼は婚約者がいて結婚生活の準備にマンションを購入した
ばかりの時です、ところが母親を彼が介護をする事になったら婚約者は
自信がないと言って去って行ったそうです、


彼はそれから8年間寝たきりの母親を働きながら在宅介護したのです
会社と会社の仲間が介護に協力してくれたそうです
介護が終わった時彼は42歳で独身です

この話を聞いた時は大変だなとは思いましたが実感がありませんでした
ところが話を聞いた3年後、私の母が寝たきり状態になり、
私は仕事をリタイアして両親の介護を7年間する事になりました


私が家族に手伝わせなかった理由のひとつにA部長の婚約者の姿を
連想したからだと今では思います


私は介護生活の時には気持ちに余裕がなく、連絡をとりませんでした
7年間の介護が終わり彼に電話をかけたのですが、バブル崩壊の影響
なのか会社はなく、自宅もその番号は別の人に変更になっていました


昭和22年、私達は生まれた
圧倒的多数でベビーブーム世代と呼ばれる、その第一陣である



ピントがあまい

一眼レフを使いだしてからプリントアウトして気づくのがピントのあまさです本当に
悔しいです、頭の中で描いた映像との違いに愕然とします
居間の花

本屋に行きデジカメ関係の本を3冊買いました、ところが買ったはいいのですが
その日に読もうとしないのです、 私の悪いところはマニュアルも読もうとしない
のです、最後の最後に困った時に始めて開きます、酷い時は読もうとした時には
マニュアルを捨てた後だったりします、マニュアルの重要性は分かっている
つもりなのですが・・・・すべてにおいて、この調子です
居間の花2

若い頃は仲間から多くの情報が自然と入ってきました、ところが私の若い頃からの
友人や仲間でパソコンやデジカメをする者はいません、不思議なくらいです
居間の花3

今は写真を撮る事に夢中ですピントがあまくても楽しくてしかたありません、だからこそ
今の内にピントがバッチリあった写真技術を身につけたいと思うのですが
テラスの薔薇

私のブログも当分は介護体験と写真になりそうだと思う・・それと最近影響を受けているのが
健康に関してのブログです、私も本格的に健康管理をやってみます

パソコンは生活の一部、写真は趣味、健康管理はシニアとして充実する為の基本
生きて行く為のピント合わせが大切なのは重々分かっているつもりです