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ただただ怖いと思った!
自宅で母の介護を始めて3年ぐらいの頃です (正確な時期は忘れました) 毎月2回往診に来てくださる先生が、 ある時母を診断した結果 「中程度の認知症です少し進みましたね」と私に話してくれました
私は一瞬ではあるが嘘だろうと思い「先生そんな事はありませんよ 母は体力は落ちていますが頭はまだまだ大丈夫ですよ」と思わず言ってしまい ました、その時の気持ちとしては認めたくなかったのでしょう
先生が帰った後、母とテレビを見ながら、いや現実はテレビをただ点けて いるだけで私の頭の中は認知症の事で一杯でした
埼玉のA病院で重度の認知症患者が鎖に繋がられ獣の様な生活がテレビで 放送されたシーンや特養ホームの痴呆棟の光景が幾度となく甦ってきます
認知症と言う言葉は綺麗ですが、簡単に言えば痴呆症でありボケの事です (不適切な言葉を使い申し訳ありません、ここではあえて使用しました)
私は母の寝たきり生活のなかで介護を通じて少しづつですが母の変化を (進行具合)感じていた筈なのですが・・・
これ以上認知症が進行したらと思うと怖くて怖くて,果たして母が重度の 認知症になった時に私はその現実と向き合う事が出来るのだろうか?
《その事は誰にも相談する事もなく自分の心の中に仕舞い込みました》
その様な母の状況を私は怖さから認めたくなかったのと家族にも知られ たくなかった、私の頭の中の母親はしっかり者だからです
その後の4年間は母の認知症は思った程進行しませんでした、ただ言語を少し づつですが無くして行きました ●(母もまた認知症と戦っていたのでしょうか?)
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介護で知った母の青春
利用している訪問看護の看護師さんで母と気の合う人がいました、とても 気さくで明るく話上手な性格の人です、年の頃は40代前半と思います
自宅で母の介護を始めて1年ぐらいが過ぎた頃の話です、話上手な 看護師さんはいつも看護をしながら母と色々な会話を楽しんでいます
母は大正生まれですが身長1m66cmありました その看護師さんが「○○さん何かスポーツをしていたのですか?」と母に 尋ねました。
「女学校の時にバスケットボールをやっていましたよ」と母が答えると 看護師さんは「え〜バレーボールではないのですか?」 「どうしてバスケットボールだったんですか?」と聞き返しました
母は「本当はネ、バレーボールをするつもりだったの・・」と言いながら(*^_^*) いろいろと思い出したのか少し照れ笑いをして「バスケット部の監督から ○○バスケットをやってみないか」と誘われたのが原因で始めたそうです
そのバスケの監督は生徒の憧れの的でとてもハンサムな先生だそうです
母はその頃のセピア色の記憶を思い出しながら丁寧に私と看護師さんに少し 照れながら話してくれました
80代の母がそのバスケの監督のかっこ良さを話す時は嬉しそうでした名前を 今でもフルネームで覚えていたのには少し驚きましたが・・
ほんの少しですが母の人柄の一面がわかり私自身も嬉しく思いました
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介護の追憶
介護に関しての記事を書くのは大変難しいものです、7年間の記憶を たどりながら書くのですが、タイトルになるものが順番どおり頭の中に 浮かんで来ません・・・あれだけ色々な出来事があったのに
ある時は母の介護を始めた初期の頃の出来事だったり、次には2、3年後 だったりとか、ある時は母の亡くなる前の半年間だったりと様々です
だから、どうしてもブログの記事はタイトルの順番がバラバラなのです
訳を自分なりに考えてみました すると答えらしきものが出て来ました、それは介護での辛い出来事は なるべく自分の頭の中の記憶装置から削除していた気がします
ストレスを感じ精神バランスを保てないと感じた時、昼夜を問わず空いて いる時間帯に眠りに入るのです・・それが30分位しかない時でも・・
眠りにつく時に【眼が覚めたら再び元気になっている】と暗示をかける 次に介護の準備に入る時間(起きる時間)を脳にインプットをします
不思議と夢は一度もみませんでした、99%位の確立で念じた時間に 起きる事が出来ました、 (2,3 分の誤差はありますが)
眠りに入る事が辛さからの削除(逃避)でした その削除は毎日の様になって行きました、この削除行為のおかげで7年間の 介護が無事に出来たと今では思います。
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介護後遺症からの脱皮
24時間介護とも言える生活を7年間(正確には7年半)しましたこの7年間は母を自宅で 父は特養老人ホームでの3年間でした
その時の生活リズムと言えば ★朝起きれば寝たきり母のオムツ交換で始まり ★母の朝食準備〜 ★朝食介助〜 ★訪問看護師さんが来るまでにその日の処置の準備〜 ★看護師さんの手伝い〜 ★寝巻き等の洗擢〜 ★両親の部屋の掃除〜 ★昼食の準備〜 ★昼食介助、
ここで一区切りがつき役2時間半の空き時間ができます、
★この空き時間を利用して父のいる特養老人ホームに見舞いに行きます見舞いに行く 回数は週2〜3回です
★見舞いに行かない日は父or母に頼まれたものやオムツ・ガーゼ等の買い物です 〜 ★夕方にはヘルパーさんが来ます、準備とヘルパーさんの手伝い〜★夕食の準備 〜 ★夕食介助〜
★夜7時からは役1時間半ぐらい母のベットの横の椅子で母との雑談やTVを一緒に 見ます〜 ★9時にオムツの交換をします〜★朝までに最低2度は母の様子を見ます。
他に ★月2度は内科の先生の往診です、 ★月1度は皮膚科の先生の往診、 ★不定期で整形外科の先生の往診・・その都度処方箋をもらいに病院と薬局に・・・・ ★酸素器の点検が月1回 ★ケアマネ訪問が月1回
ざっと振り返ってもこれが7年間の基本的な生活パターンです(日曜も祭日も正月もです)
私の場合の介護後遺症とは・・介護生活が終わり、これからは自由なのだから旅行に でもと思ったのですが、何故か家を空ける事が出来ません、旅行を計画するだけで、 家を空ける事が悪い事の様に凄いプレッシャーがかかって来ます
でも今回は勇気をだして女房とまずは近くからの1泊旅行をする事にしました伊豆の 河津桜を見にいく事に、・・・・・・介護が終わり1年10ヶ月がたっていました

2/14 伊豆河津桜は早咲き桜で有名ですが見所は今月末位と思います
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オムツと床ずれ
私の母は寝たきりの為トイレで用をたす事が出来ませんでした ポータブルトイレも購入したのですが、ベットから降りる事ができず 一度も使用しませんでした
結局オムツの中で用をたすしかないのです 床ずれが一番出来やすい場所が仙骨の辺りです床ずれの箇所に 尿や下痢便が付くと熱がでたり等、色々な合併症が起こります
尿や下痢便は床ずれをより悪化させる元凶でもあるのです
ただでさえオムツの中は汗などで湿気状態にあります 体位交換など行った際にオムツが少しずれたりすると失禁(尿)が 尿とりパットやオムツに上手く吸収されず漏れてしまう事も多々あります
オムツを購入する際は後々の手間を考えたら安いものよりフィット感の あるものを選びましょう
私が在宅で介護を始めた頃と最後の年(7年半)とではオムツも 随分と進化しました
今では尿や下痢便に対処できる使い勝手のいいオムツやパットが どんどん開発されているかも知れません
年配者の人は皮膚そのものが薄くなっており今日なんともない ところが翌日床ずれになっている事もあります
寝たきりの人に一番大切な事のひとつにオムツの中が蒸れない様 清潔である事です
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寝たきりの母の着替え
在宅介護での初日の事です、 病院を退院する際にリハビリの方法と寝巻きの着替えの指導を受けました
リハビリに関しては自分の中で第一義的に考えていたので、しっかりとメモも とりました、着替えに関しては何回も病院で見ていたので安易に考えて いたのです、 のちにその事が大変な過ちと気づきました
夕食時に母が食べ物をこぼしてしまい寝巻きが汚れてしまいました
寝巻きを着替える事になったのですが、なかなか上手く行きません あ〜 病院では看護師さんとヘルパーさんの2人で着替え作業をしていたのです
傍目でみていると一人で充分出来ると思っていたのです ところが一人で寝たきりの母の着替えをするとなると、それは大変難しく しかも寝たきりの母が着替えの作業に協力できる様な状態ではないのです
寝巻きの着替えだけに、なんと45分もかかってしまいました
翌日、訪問看護の看護師さんに着替えの仕方を詳しく教えてもらいました その後、毎日の寝巻きの着替えの時、着替えがよりスムーズにいくようにと いろいろ工夫をしました、
★まず寝巻きの着丈を膝上まで短くする、長いと絡みやすく着替えに邪魔に なるからです、・・寝巻きの生地はガーゼ生地が柔らかくて最適かと・・ また絡まった所に肌があたると床ずれが出来やすくなるからです
★短くなった分、毛糸の靴下を裏返して履かしてください縫合部が外側に なる様に、訳は足の指の周りに床ずれが出来ないようにです ★袂の腕がでる所を広くする、着替えの時腕が通りやすくなるからです
★帯紐は使わず代わりにマジックテープを使う事、 縫い代の部分が肌に 当たると床ずれが出来やすくなるからです
マジックテープの止める位置は寝巻きが程よい状態になる所にしてください
始めての着替えに費やした時間は45分でしたが慣れて来てからは2分程度で 出来る様になりました、・・・拍手・・いや〜ただの不器用なだけかも・・・
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走行距離やっと20,000k突破
現在乗っている自動車は今から12年前に購入したものです、 12年間かかって、どうにか20,000kの走行です750万もだして 購入した外車です、
一度は外車に乗ってみたい気持ちとデザインが国産車の様に モデルチェンジのサイクルが早くない事が購入の動機でした
2月3日外は雪です庭に積もった雪をみながら・・・・
年数的には、そろそろ買い換える時期かな・・でも調子は 絶好調だし、もっと乗らないと車に失礼だよな、 車は良いよな、悪くなれば部品を代えればいいのだから
人間は「そうゆう訳にはいかないよナ・・」などと考えていました
今度買う時は小さいのを買おうか、(贅沢は出来ないからな) その時、私の脳がチョット考えてみろと指示してきました
そう、後何年間くるまの運転が出来るのだろうか?(ネガ心理) 買い換えた車がヒョットしたら最後の車になるのだろうか? だったら今迄乗った事のない四駆にするか (少しポジ心理に)
年老いた時に今日の様な雪の日に出かける時を思うとやっぱり 四駆がいいのかなと・・・ そう言えばもう何十年もタイヤにチェーン巻いた事ないものな
気がつくと1時間近く庭の雪を見ながらボ〜と考えていました 折角の雪ですデジカメで庭の写真でも撮っておこう
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