介護:気がついたらシニア
子供に自分の父親はこんな人だよとブログを通じて伝えたい。 何時か必ずやってくる日の為に・・

プロフィール

Author:ニュータイガー8
子供の頃は野球少年であり、将来の夢はプロになる事でした。高1の時自信のあった遠投でアピールするが肩を傷め夢を断念。 23歳で起業する51歳でリタイヤし寝たきりの両親の24時間介護を7年間する。



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お袋とかっぱえびせん

やめられない、とまらないのかっぱえびせん知っていますか
母が亡くなる1年前の頃です
母はすでに6年半寝たきりです自分で自分の事は何も出来ない
状態です、言葉も話せなくなりつつあります

母が言葉を忘れない様に、私は毎日1時間は母に話しかける事に
していました
そんな時に母が「かっぱえびせんが食べたい」と言ったのです

私は母に「お袋、煎餅なんか食べられるの?」と尋ねました
何故、尋ねたかと言うと、母は食事の時も入れ歯を使はないから
です、私は今までかっぱえびせんを食べた事がありませんでした

今では毎朝、仏壇に向かい祖先供養と父母の供養をしています、
ただ供養と言っても我流ですが・・
私は仏壇のお供えものを毎朝買いにいきます

何故か今日は何時もと違う陳列棚を覗いてみました、そうしたら
そこにかっぱえびせんがあるではないですか私は一袋買いました

私は仏壇の前でかっぱえびせんをひとつ食べてみました
クチの中でシュワーと溶けるではありませんか!
お袋、御免」と心の中で叫びました、

母が亡くなる1年前「かっぱえびせんが食べたい」と言ったにも
かかわらず、煎餅は固くて食べられないと思い買って来なかった
私は今、後悔と辛い気持ちと涙目に・・(最近めっきりと涙もろくなる)

母が「かっぱえびせんが食べたい」と言ってから2年4ヶ月後に
仏壇にお供えする事ができました

遅くなってすみません「お袋かっぱえびせん一杯食べて下さい」


今、何故思う≪老いるとは≫

20歳の時の身体能力を100とすると60歳では10だそうです自分では
若いと思っていても20歳の頃の1/10 の身体能力しかないのです。

私は最近出来るだけ友人と会うようにしています。仕事の関係と両親の
介護とでここ15年ほどは昔からの友人とは会えなかったからです。

先日15年ぶりに2歳上の友人とあいました驚いた事に2時間の喫茶店での
会話の内友人Fはトイレに4度
も行ったのです。頻尿なのでしょうか?
(友人は誰もPCはしません、だからこのブログを見る事はないでしょう)

その後食事に行ったのですが、友人Fは随分と食べ方が下手になって
いました、友人Fの若い頃はとてもダンディーな男として仲間うちでも
評判だったのですが・・・


どうした事なのでしょう、私の前にいるのはただのオッサンです洒落けもなく
大きな声で話しかけてきます。会話の中で自分は若いと言うのですが、どう
見ても60過ぎのただのおっさんです

会話の80%は友人Fがただひたすら喋っています訳の分からん駄洒落を
随所にいれながら、駄洒落(親爺ギャグ)に自己採点をしながらと

自己採点がいい時は嬉しそうな顔になり満足そうな表情になる

昔のお洒落で渋い友人Fはどうしたのですか?
友人Fは15年前とは別人でした。これも老化現象なのですか?
会話も終わり再会を約束して帰りの電車へと、Fの変わり様は壊れたとしか

では私はどうなんでしょうか?人間自分の事は分からないものです、
ただ下記の様な事は何時からか・・・
人の事は言えませんよね

★友人、知人の連絡先の電話番号が覚えられない
★自分の携帯、パソコンのメールアドレスが覚えられない
  また覚えようと努力もしない
★家の鍵を閉めて5,6歩あるいて「あ〜と鍵を閉めたかな?」と
  思う、頭の半分は閉めた確信があるのだが、残りの半分は
  「ヒョットしたら閉めてないのでは」と思う
★冷えたお茶を取ろうとして冷蔵庫を開けるが「え〜とどうして
  冷蔵庫を開けたのだろう」・・この場合はすぐに思いだすの
  ですが、他にも似た様な事例は多々あります。
★テレビを見ている時に話かけられると、まったくその間の
  テレビの内容が分かりません
★大好きだった読書が10〜15P読むと何故か(集中力)だるくなる

私は決して天然ボケではありません、しかし少しですが最近ボケが入って
きた気がします、   脳梗塞の予防に水分を・・・はいはい分かりました


90歳の老人を看護師が虐待

昨日のテレビ報道で90歳の老人を看護師が虐待する、これは日本での
話しではなく外国での出来事です、その現場をビデオカメラで撮影
されたものをテレビで放送されたのです

90歳の老人の顔や胸のあたり何十回と殴り付ける中年女性看護師の
姿が写しだされていました


私が思うには、この様な虐待行為が表に出てくる事は氷山の一角で
しかなく、現実は相当数の虐待行為があろうかと思います

私の父が入所していた特養ホームでの出来事ですが、少し乱暴な男性
入所者がいました、看護師やヘルパーさんの指示にいつも逆らって
いるのです、良く言えば元気な爺とでも言いましょうか

ところが或る日父の見舞いに行った時です、その爺さんが私の顔を見ると
何故か寂しそうで何か訴える様な表情で私の近くに寄ってきたのです。
爺さんの両手の手首から上が大きく内出血の痕があるではありませんか

私はその事を施設の生活指導員に強く抗議しました、返答は年を取ると
どうしても簡単に内出血するとの事でしたが納得は何故か出来ません!

その後いつしか施設内の周りを自然と観察する様になりました
看護師、ヘルパーさんの利用者との接し方のなかで感じた事ですが

聞き分けの悪い利用者に対して言い聞かせる時に顔や言葉は優しい
のですが利用者の手首や腕を相当強く握り締めていました、殴った場合は
誰が見ても分かるが強く握り締めた場合は後で理由は何とでもつけられる


それは傍目にも痛く感じるぐらいの握り締め方でした
私の独断ですが虐待はこれからも減る事はないでしょう、もっともっと
表面化してくると思う、 誇りの持てる仕事を汚さないでほしい!!!


大雄山 最乗寺に行きました

最乗寺


今週、この暑いのに散策に出かけました
知人から以前なかなか良い所だと言われていたのですが
お寺の名前も覚えていませんでした

れいの如く突然、女房が「散策でも行く」とのお言葉
なんとなく気になっていた、そのあたりをPCで検索する
あまり期待はしていなかったのですが・・その名は最乗寺

鬱蒼とした老杉に囲まれ森の中に350段あまりの階段を
登ると奥の院につく
、大雄山のもっとも高い所だそうです
膝の悪い私にはキツイものがありました
最乗寺の階段

このお寺、最乗寺は想像以上に立派なお寺でした
見所も多く充分散策を満喫する事ができました、宮ヶ瀬湖
にも驚きましたが、鎌倉以外で神奈川にこんなに立派な
お寺があるとは思いもしませんでした

散策を通じて私も兵庫県人から神奈川県人へと・・・
神奈川県に住み、はや40年になります、早いものですネ
私のシニア生活の一部として散策はこれからも続くでしょう


特養老人ホームの出来事(4)

父が特養を利用していたので私は週2〜3回は父の顔を見にいきました。
父が特養に入所して半年ぐらいの時です、ある事にきずきました

元気だった入所者の老人がいつのまにか車椅子を使用してるではありませんか
しかも複数の入所者が車椅子の生活に変貌しているのです


たしかに歩きかたは足が弱っている事は私の目にも分かっていましたが
杖さえあれば充分一人で歩ける入所者の老人を車椅子の生活にさせていました

転倒されて怪我をされては困る、又は年老いた老人を移動させる介助も
大変だと、そこで車椅子を使う事が平然と行われているのでしょうか?


もし私がその老人として思う事は車椅子の生活に慣れてしまうと間違いなく
足腰は弱り自力でトイレにも行けなくなってしまうのではと・・・心配でたまりません

他人の力を借りて行くトイレより自力で行きたいものだと思うのですが
施設からはいつの間にかリハビリ担当者はいなくなりリハビリコーナーも
消えてしまいました。

出来るだけ自力で利用者が出来る様(ほっとくのではなく)職員は利用者の
行動を理解および把握し常時見守りをするのが本来の職業のはずです


大変だとは思いますが利用者の老人が少しでも快適にすごせる環境を提供して
ほしいものです。   車椅子は真に必要な人だけが使えればいいのだと思う


3回めの成人式にあとわずか

★団塊世代・★シニア世代と色々いわれる世代にいる私です
精神的にはまだまだ若いつもりでしたが・・・現実は
年金受給時期まであとわずか、来月には3回めの成人式です

今の状況は老人世代の入口にいるのでしょうか?
同年代の友達を見ても決して若か若しいとは言えません

当人達はまだ若いつもりでしょうが姿勢も悪くなり背中には
脂肪が付いています、

友人の中には若い頃はトップクラスのイケメンの軟派野郎だったのが
何人かいますが、たまに会うのですが、今ではまったく異性の
話題はでません、異性を意識する時代を卒業したのでしょう

デジカメ、水彩画、畑仕事、散策とシニアの趣味は色々と
有りますが、 少しは楽しいと思えるのですが何故か自分では
ないような気がします、


友人の猛烈仕事人間が定年になり、シニアのサークルに色々と
参加しているとの事でしたが結局は飲む為や寂しさを紛らわす
為の便宜じょうの話仲間でしかなく本音は退屈な時間だそうです

10代の後半新宿のショットバー(当時はコンパ)で知り合った友
また劇団に参加し同じ夢を見てそして失望した友

互いに年輪を重ね40年がたち、今では消息がまったく分からない
のも何人かいます、すでに亡くなっている友もいます

今の年代まで、少なくなった当時からの友、男女の区別なくたまに
しか会えないが会えることに感謝しょう、

忘れない為の写真挿入の練習その2
わが家の花たち1−2

私の人生は30代、40代は大変充実したものでした、勿論辛い事も
ありましたが・・・50代の大半は両親の介護だけの時間でした


来月にやってくる3回めの成人式後の人生を有意義なものにしたい
ものです、


横浜での食事会

昨日は昔からの友人と飲み会ではなく食事会です
何故、食事会なのかといいますと理由の一つは昼間だからです

理由の二つめは集まった4人のうち2人は酒を止めたからです
一人は大腸がんで、もう一人は心筋梗塞が原因です
男も60歳前後になると色々な生活習慣病がでてくるものです
私の友人の大半は50代の中盤から60にかけて脳梗塞など色々と
患っています、すでに亡くなっている友もいます、

私の友人達は猛烈な仕事人間か無責任なチャランポラン人間
どちらかです、ただ共通している事は若い頃から暴飲暴食タイプ
ばかりです、しかも正油が大好き人間が多い

そんな私たちがお酒も飲まず食事だけで会話が弾みました
35年ぐらい昔の思い出話です

4時間ぐらいの食事会が終わり帰りの電車の中でふと思った事は
思い出話もいいのだが・・これからのシニア人生はどうだ

若い頃は酒を飲みながら朝まで先の見えない人生を語りあった
友よ何時までも元気でいてほしい、そして人生を語ってくれ