介護:気がついたらシニア
子供に自分の父親はこんな人だよとブログを通じて伝えたい。 何時か必ずやってくる日の為に・・

プロフィール

Author:ニュータイガー8
子供の頃は野球少年であり、将来の夢はプロになる事でした。高1の時自信のあった遠投でアピールするが肩を傷め夢を断念。 23歳で起業する51歳でリタイヤし寝たきりの両親の24時間介護を7年間する。



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とうとう、お前もか・・・!

ふと気がつくと友達全員が、ここ10年で生活習慣病になっていました決して
肥満体はいないのですが、若い頃のつけが廻ってきたのでしょう

暴飲暴食!!とくに暴飲ですか、20/30代の頃は友達全員アルコールに強く
いくら飲んでも記憶が飛んだり潰れる事はありませんでした
(この頃は週4回以上、友達と飲んでいました)

ただ30代半ばになると、ほぼ全員が結婚の為か家庭中心になり飲み会は
減っていきました、40代になると仕事の関係もあり電話での会話だけになり
皆が集まり飲む事は1年に1回ぐらいになりました

私自身、40代の前半に名古屋にも事務所を設立した関係で友達に会う機会が
なくなり、50代は介護の為、都合が会わず友達とは会わなくなりました

介護も終わった50代後半から昔からの友達や知人に会う様にしました
まったくと言っていいほど昔の面影は友達たちにはありませんでした
(私も含めてですが、)

ただ腹の中では自分は、あまり変わってないと思っていますが・・・たぶん全員
友達たちに面影がない原因は生活習慣病だと思う、脳梗塞、心筋梗塞、など
など若い頃には想像する事も出来なかった事です

そんな私もとうとう網膜症と眼底出血です、当然原因はあります
涼しくなったら全員で会う事になっているのですが、アルコールはなし甘い物、
辛いものもなし、どんな飲み会、いやいやどんな食事会になるのでしょうか

病気になって気づいた事は、ここ10年ほど私は集中力を失くし、頭の中が
たえずボーとしており記憶力も衰えてました、時には立っている事も辛かった

ところが血糖値コントロールに今回取り組むとボーとしていた頭がどんどん
クリアーになってきました、もっと前に気づくべきでした

ここ15年ほど検査をしていませんでした、どうも病院は苦手です、アカ〜ンな
若い頃は健康など考えた事もありませんでしたが今は本気に考えています


年金をもらって

昨年の12月から年金をもらっています、若い頃から現役までの期間は
年金には興味がありませんでした、年金など当てになるものかと思っていました

ただ義務として年金をしていたのです、早い時期に会社経営をしたので
国民年金でしたが、後半の12年は厚生年金をやりました

当てにはしていなかった年金でも、もらってみると嬉しいものです
ただ残念なのは社保庁のお粗末な年金記録でした  関連記事はH7・7/23
社保庁に行く
H7・10/09社保庁事務所での追憶です

社保庁に関しての不安のひとつには消えた年金5000万件です,その中には
私の若い頃の厚生年金1年分もあります
今迄4件は見つかったのですが、
その1年ぶんだけがまだ見つかりません、

いつだか忘れましたが社保庁は中国人のアルバイトをつかい年金記録の
転記で誤記が大量に出た、お粗末な事件がありましたよね!

消えた年金5000万件は本当に最後の1人、最後の1円まで調べると
桝添厚生労働大臣は言ってはいるが期待していいのでしょうか??

年金制度、社会保険制度、介護保険制度、制度そのもは世界に誇れる
ものと思いますが運営する行政側に多くの問題点が有る気がします

わずかな年金でも嬉しいものです、安心できる老後サービスの提供を
私たち日本人は時と共にすぐ忘れてしまいます、あの中国餃子事件の様に
いつの間にかウヤムヤにされてしまった気がする

後期高齢者医療制度や年金問題は断じてそうならない様に・・・大臣?


友人と平塚八景を散策

昨日は平塚八景の湘南平〜松岩寺〜光明寺・金目観音堂を行く今回は一眼レフは
もたずもっぱら友人との記念写真をコンパクトデジカメで撮る事と会話を楽しむ事に・・・
平塚1

松岩寺では山門まで長い〜長い〜石段を登らなくてはなりません気がつくと二人とも
疲れた表情になっていました、 私は友人Tに「大丈夫か」と尋ねると彼は
「これぐらいは、なんともないよ」と20代の時と同じ様な強がりな返事が返って来ました
不思議とその返事に嬉しさを感じました、何故なら今の私は若い頃の様な強がりな
部分が消えているからです
IMG_1055_edited-1.jpg

私は、これからのセカンドライフをどう構築して行くのか?年齢的な戸惑い?など等
気持ちの晴れない、もんもんとしたした日々を過ごしているが友人Tは「俺はもう一度花を
咲かせて見せる」と、ここでも強気に言いはなった、彼の強気が心地良かった
IMG_1057_edited-1.jpg

散策の途中で見かけた花たちです、本当に美しいですね、私が花の写真を撮っていたら
友人は不思議そうな顔して私を見ていました、湘南平ではテレビ塔をバックにして二人が
並んだ写真を散策をしている人に撮ってもらいました、その写真を見ていると,Tと知り合った
40年前がついこの前の様に思えてしまいます


一眼レフの練習!?

若い頃は花もカメラも興味がなく花を見ても何も感じる事が有りませんでした
両親の介護が終わり、毎日が休日の様な生活になり暇つぶし的な気持ちで
コンパクトデジカメを1年半前に購入しました

「花でも撮ってみようか」そんな気持ちで写した花の写真を見て始めて花の
美しさを強く感じました、しかしその美しさをカメラで捉える事ができません。

そこで一眼レフを衝動買いしてしまったのです、なかなか上手く写す事が出来ず
まいっています、最近写した写真を載せてみました

IMG_0051.jpg

一眼レフを買って一番最初に行ったフラワーセンターでの写真です(3/11)

はな8no

桃の花の蕾です (3/13・わが家の小さな庭の木)

三渓園15

本牧三渓園に桜を写しにいくが、上手くとれず桜と違う写真になりました(3/29)

春のデジカメ27_edited-1

今回は60枚程写したのですが、いいのがありませんでした、(4/1日大にて)

春のデジカメ2-2

日大のキャンパスに咲く桜は今まで見た桜の中でも素晴らしく綺麗でした
来年までには一眼レフをマスターして桜の美しさを写せる様になるつもりです


プロ野球が始まる

プロ野球が始まる事で私の心は救われる気持ちです,プロ野球が開催されている
期間は試合内容に一喜一憂できるからです(本当に楽しみです)

  余計な事(マイナス思考)を考えなくて済むからです
若い頃は将来に対しての不安があっても自己実現の為に前方向だけを
見据えて頑張ってきた、不安があっても迷いはなかった


60歳になった今、空っぽになった心をどう埋めて行く事が出来るのだろうか?
埋めていかねば自分の存在意識が持てない
ところが、どうした事か思考回路は停止している、 筋力も間違いなく落ちている

現役時代は経営者としての責任感、企業ビジョン達成の為の創意工夫と使命感
両親の介護は長男としての責任感、俺が守らなきゃ誰が守るの使命感!

今の素直な気持ちは、歳をとった自分に戸惑いを感じています
これからのセカンドライフを自分らしく、どう生きていけばいいのか見出せない

今、考えられる事は空っぽな心を埋めて行く為の第一歩として趣味を多く持って
みようと思う、まずはカメラから始め次は絵画をしたいと思います

絵は小学校の頃よく廊下に貼りだされ先生にも褒められました、野球部に入部
してからは絵を描く事は無くなりましが、もう一度そこから始めてみようかと・・

たんなる慰めだけで終わるかもかもしれないが、ひょっとしたら何かを
見出せるかもしれない、


当分この悶々とした精神状態もプロ野球観戦で私の心は一時的でも癒されます
あ!!PCも私にとっては重要なもので今では生活の一部になっています

便宜上ではなく自分らしいセカンドライフを・・・・
               出来る事ならもう一度充実感を味わいたい



男にとっての仕事と趣味

私が30代後半の頃、日曜日には必ず父と一緒に犬の散歩に一時間
ほど出かけました

父は仕事をリタイアして1年程がたった頃です、年齢も61歳に
今の私が60歳ですから、ほぼ同じ年齢の時です、

日曜日、いつもの様に父と愛犬Rと散歩に出かけました、父が
私に「男は仕事を無くすと、何も残らないな〜・・・」

父は、それ以上その事は語らず、話題を変えたかったのか「お前の
仕事はどうなんだ上手くいっているのか」と尋ねてきました

この頃の私は最高の時期であり首都圏にオフィスをどんどん展開
しておりました、

あの時から20数年がたった今でも父のあの時の「男は仕事を無くす
と、何も残らないな〜」と言った言葉を忘れる事が出来ません。

私の知る限りでの父は波瀾万丈の人生であったと思う、結局その
言葉の続きを聞く事もなく時が過ぎていきました

父の趣味は若い頃はゴルフとダンスとカメラでした決して父の影響
を受けた訳ではないのですが不思議な事に私も若い頃はダンスです
30代はゴルフ暴飲暴食(今は卒業です)とオーディオでした

そして今、何故かカメラに・・つい先日一眼レフのデジカメを購入
しました、(衝動買えです)

どんなに多くの趣味を持っても仕事から感じる醍醐味は忘れる
事が出来ない、何故なら辛くもあり、楽しさもあるからだからです

父はその様な事を私に言いたかったのでしょうか?

ただ仕事に関しては完全燃焼した私です、残りの燃えカスで
何かを見つけセカンドライフを充実にしなければと・・・
思いつつ
あの日から2年が過ぎようとしています、・・・・


成人式の日に思う

早いものです、成人式からはや40年がたちます、つい最近の様に思えます
昨年の12月には初めての年金を受け取りました
若い頃は年金など当てにもしていませんでした、ところが貰うと嬉しいものです

私の頭の中で整理出来ない事柄があります
若い頃の私は事業の成功を思考し、たえず拡大、繁栄を目標に進んできました

仕事に関しては、ほぼ完全燃焼の私です、自分で評価しても頑張りました!
両親の介護に関しても自分の精神状態の限界までしたつもりです

仕事、介護が終わり、これからの自分(人生)をどう構築していけばいいのかが
わかりません

知人からもらった手紙に書かれていた事ですが★「時々俺はこれからどう生きて
行けばいいのか? 歳とったとゆう事は全てに戸惑いと不安を感じています」
と・

私もまったく同感です、介護を始めた51歳の時の私の精神年齢は37・8歳ぐらいと
思います、外見も実年齢より10歳位若く見られる事も多々ありました

ところが介護が終わった58歳(あと少しで59歳)の時、鏡の前でヒゲを剃っている
私の顔は間違いなく60歳前後でした。表情も以前の明るさがあまりありません

訪問看護で来ていた看護師さんが、大変な親孝行をしたのですからきっと御褒美が
貰えますよと私に言ってくれた、嬉しい言葉です、しかし・・・

私は御褒美とは自然と与えて貰えるものではなく自分で獲りに行くものだと思う
しかし今の私は御褒美をえる為の目標が見えない御褒美の意味さえ見えないのです

残りの人生を有意義なものにしたい、それともノンビリと残りの人生を過ごすか?
両方が必要だと思う  
それとも生命がある限り、もう一度何かを求め若い時の様にチャレンジャーと化すか

さー!!おまけの様な残りの人生を後悔しない為にもどう構築していくか・・・


なんと!あれから43年

増上寺と東京タワー


今日(22日)は少し寒いですが、とても青空が綺麗な日です
気分転換に青空の写真が撮りたくなったと女房に話すと以前から
行ってみたかった東京タワーに夫婦で行く事になりました
20071123130640.jpg
浜離宮
東京タワーは私が高校2年の修学旅行以来です、あ〜43年ぶりですね
九段会館で泊まりクラスの仲間との枕投げから43年がたつのですね
増上寺〜東京タワー〜浜離宮と散策した楽しい一日でした、
東京は古い文化と新しい文化が上手く融合した綺麗な都市です